【酒類広告表現】「ぐびぐび」「ごくごく」だけ規制すればそれで良いのか?

生ビール

「ぐびぐび」「ごくごく」プハ~ウメ~!!

上記のような表現が、テレビやその他の広告からなくなってしまうことになりそうです。
というのも、下記のリンク先のようなことになっているからなのだそうですよ。

参考:「ぐびぐび」規制にツッコミ多数 | web R25

なんでもアルコール依存症の患者に配慮して、お酒を飲みたくなっちゃうような表現である「ぐびぐび」「ごくごく」という擬音を使用しないように自主規制をしていく・・・という話なのだそうです。
他にも広告に使用する人の年齢を25歳以上に引き上げたりとか、ビールなどを飲んでいる時の「のど元のアップ」も使わないようにするのだそうです。

これ、上記のリンク先の記事でも「ツッコミ多数」と書かれているように、「何を馬鹿な!?」とか「表現自由への迫害だ!」なんて事を思ってしまう人も多いかもしれません。
でも、この問題ってけっこう複雑な問題で、個人的には「必要なこと」ではあるのではないかな〜??ということも思うのです。

しかしですよ、こんな事では本当の意味で問題の解決になんてならないと思うのですよね・・・
「ぐびぐび」「ごくごく」というちょっとした擬音語を使わないだけで良いのか?ということも考えてしまいます。

この話、皆さんはどう思いますか?

アルコール依存症患者への配慮?なるほど・・・では広告を無くそう

アルコール依存症』、これはアル中などと呼ばれていますよね。
アルコール依存症は「意思が弱くて酒が我慢できない人がなるもの」と思っている人もいるかもしれませんが、立派な病気です。

参考:アルコール依存症 – Wikipedia

一度、アルコール依存症にかかってしまうと、自分の意思では我慢できなくなって、なおかつ一生完治することはないのだそうです。
一旦、症状が収まっても、一度でも飲んでしまうと症状が再発してしまいます。
誰しもがかかる可能性のある、恐ろしい疾患なのです。

単なる酒飲みの「うい〜、もう一杯飲んじゃおうかな〜」というのとは全く違うのですよね。
なので、誰もが日常的に目にする機会のある「テレビのCM」や「電車に貼ってあるような広告」が、そう言ったアル中患者さんに配慮すべきだというのは頷ける話なのです。

お酒も薬物の一種ですからね・・・
依存症患者にとっては、そう言った広告を目にするだけでも、フラッシュバックのように、絶っていたアルコールを摂取したくなってしまうのかもしれません。

広告をなくすべき

極端なことを言えば、アルコール関係の広告自体を完全になくすべきなのですよね。
だって、「ぐびぐび」「ごくごく」という擬音語がなくなったからってどうだ?ということを思っちゃうからです。

ビール

例えば、ビールがジョッキに注がれている画像を見ただけでも、僕だったら十分過ぎるくらいに、喉を潤したくなってしまうでしょうね。
もっと言えば、「期間限定◯◯ビール新発売!!」という「文字」を目にしただけでもやばいです。
その日にはコンビニに走ることでしょう。

ということは、この問題を解決する手段はただひとつしか無くて、「酒類の広告自体を完全になくす」しかないということなのですよね。
まあ、今回のことは完全になくしていく方向への第一歩なのかもしれません。

将来的には、アルコール飲料関係の広告が世の中から完全に消えてしまうかもしれません。

アル中の人への配慮だけでいいの?

でも、こうなってくるとまた問題になってくるのが「アルコール依存症患者だけへの配慮だけでいいの?」という疑問です。

だって、世の中には、「当たり前な幸せ」を受け取ることが出来ない人だってたくさんいるのですから・・・

例えば、「週末は家族で遊園地に行こう!」という広告はよく見かける気がしますけど、子供と伴侶を事故で失った人がこの広告を目にしたらどう思うのでしょうか?
先天的な障害で手足がない人が「腕時計」や「スポーツシューズ」の広告を見たらどう思うでしょうか?
貧乏すぎて3日くらい何も食べていない人が「美味しそうなステーキ」の広告を見たらどう思うでしょうか?

アルコール依存症の人も、障害がある人も、不慮の事故で天涯孤独の身になってしまった人も、食費すらないくらいに貧乏な人も、本人の意思とは全く関係なくそういう状態に陥ってしまっているのです。
だから、極論をいうと「世の中の広告をほとんど削除すべき」というわけなのですよね。
だって、どんな内容の広告でも誰かの心を傷つけたりしているかもしれませんから・・・

でも、現実はそうはいかないですよね。
だから、あまりにも何でもかんでも「クレームきたから配慮!配慮!」ってやっていると、表現の自由というものが完全になくなってしまうでしょう。

まとめ

「ぐびぐび」や「ごくごく」が悪だと言うのならば、その表現を使いまくって、こんなブログを書いている僕なんて大罪人ですよね。

「ぐびぐび」「ごくごく」などの擬音語は、やはり表現としてすごく有効なのです。
だって、なんだかわからないけど、そう言う文字が書かれているだけでビールが美味しそうに思えちゃいますから・・・

アルコール依存症と言うのは、誰もが患ってしまう可能性のある恐ろしい病気です。
だから、それを治そうとしている患者さんへの配慮が必要だと言うのは、理解できる話です。
でも、だからといって酒類の広告を全部なくすのなんて、すぐにはできることじゃないですよね。

すごく難しい問題だなと思ったのが、「配慮が必要」ということでいろいろな方面に配慮をしていくと、なんにもできなくなっちゃうということなのですよね。
世の中にはアル中で悩んでいる人以外にも、自分の力ではどうにもならないような様々な悩みを持っている人が、他にもたくさんいるわけですから・・・

まじめなことを言うと、公共の電波や場所に掲載される広告は、もっともっといろんな人に配慮すべきなのだと思います。
でも、だからと言ってあまりやり過ぎると、それこそ本当に表現の自由がなくなってしまうのです。

最近は、何でもかんでも「規制!規制!」ということで、いろんな方面で息苦しく感じることもありますよね。

人間としての尊厳を保つためには、心身の健康が必要不可欠です。
だから、アルコール依存症患者さんが社会復帰するための配慮は必要だと感じます。
でも、人間だけに許された「表現する」という行為を奪われるのも、やはり「人間らしさ」を失ってしまう結果につながってしまうと思うのです。

なので、この話と言うのは、『「ぐびぐび」「ごくごく」を規制する』だけという単純なことでは済まない、「結論がすぐには出せない難しい話」というわけなのです。

コメント

  1. シャレード より:

    不思議な世の中になったようですね、広告の自主規制とは。
    お酒の広告は酒だから避けろと(笑)「ぐびぐび」「ごくごく」いいじゃないですかね。
    色々な批判が有るのでしょうか?もの云えば唇寒し・・・・・嫌な時代に入ったような。
    自由なもの云いが出来るようにならねばですねぇ~

    • taka より:

      >シャレードさんこんにちは!
      ホント、この話は微妙な話ですよね。
      美味そうな思えてしまうような表現だから・・・ということだとしても、「そこ!?」っていう感じで、なんだか納得出来ないような気持ちになってしまいます。
      公共の広告だと、自由に何でもかんでも書いても良い・・・というわけにはいかないというのは理解できなくはありませんけどね〜
      せめて、個人の発言は自由で在り続けて欲しいというのを感じました。

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